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美しいメロディーのように・・・


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今日は、谷川俊太郎の詩を紹介しましょう。

黄金の魚
                 谷川俊太郎

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさいさかなをたべ
ちいさいさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない


この詩は、クレーの絵に谷川俊太郎の詩が、重なって、美しいメロディーのように書かれたものである。

印象的な絵と詩の世界が、不思議な世界を作り出している。

この詩は、生きていることの意味をあらためて気づかせてくれる。

命の循環や、今、生きていることの幸せや、感謝や優しさを感じさせてくれる。

美しい詩である。

This poem is written like a beautiful melody, and the poem got an image from the picture of Klee.

The impressive picture and the poem make a mysterious world.

This poem makes us notice the meaning of living anew.

The poem makes us feel circulation of life, happiness of being alive, gratitude and gentleness.

It's a beautiful poem.

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サマー・エフェメラル


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「カラスウリの花」という記事が、今日の新聞に掲載されていた。
この記事を書かれたのは、80歳の主婦の方である。

二年前に、散歩の道で、ツバキの枝にからみついているカラスウリの実を見つけたという。

遠い昔に、故郷の海辺の土手にたくさん生えていたのを懐かしく思い出し、持ち帰って庭にまいたそうだ。

昨年の6月、ツルを伸ばし、花芽をつけるようになったという。

この花は、夜に咲いて、朝には終わってしまうそうだ。

一つ目の花は、知らないうちに咲き、翌朝にはしぼんで花弁が散っていたという。

翌日、この方は午後7時過ぎに庭に出て見ると、ぼんやりと白いものが見えたそうだ。

思い切って、ハサミで一枝切ってグラスに生け、カメラにおさめたという。

その花は、5弁の花びらをつなぐように、細いクモの巣状の糸が四方に伸び、幻想的な姿だそうだ。

およそ1時間あまりで、やがて風船の空気が抜けるようにしぼんで終わってしまったという。

あまりの儚さに、この方は、カタクリの「スプリング・エフェメラル」ではないが、「サマー・エフェメラル」と名付けたいと言われる。

今年は、どんな姿を見せてくれるのか楽しみにしているそうだ。

私は、カラスウリも、カラスウリの花も見たことがない。

どんな花なのかネットで見てみたら、本当に幻想的で、神秘的な美しい花である。

こんな変わった花は今まで見たことがない。

美しいけれど、しかし、不思議な美しさで人の心を惹きつけるような気がする。


夢を見しごとくに烏瓜の花 
            中村幸子

烏瓜星に向かひて咲きにけり
           小林優子

An article, '' カラスウリの花 '' was in today's newspaper.

This article was written by a 80-year-old housewife.

She found a fruit of Japanese snake gourd on the way of a walk two years ago.

She remembered the fruit which had grown to the seaside of her hometown, and planted it in her garden.

The seed grew twining and budded last June.

This flower blossoms at night and withers in the morning.

The first flower had fallen without noticing.

Next day, she saw white dimly in her garden at 7pm.

She cut a branch, arranged in a glass, and took a picture.

The flower has five petals, and grows like a spider thread, it's dreamy.

She wants to name as summer ephemeral like spring ephemeral of dogtooth violet.

She is looking forward to seeing the flower this year.

I have never seen Japanese snake gourd and that flower.

I checked the flower on the internet, it is really dreamy, mysterious and beautiful flower.

I've never seen such a strange flower.

It's beautiful, but it attracts our heart with a mysterious beauty.

ひとりぼっちを豊かに


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今日は谷川俊太郎の詩を紹介しましょう。

ひとりぼっち
                 谷川俊太郎

だれも知らない道を通って
誰も知らない野原にくれば
太陽だけがおれの友だち
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

きみの忘れた地図をたどって
きみの忘れた港にくれば
アンドロメダが青く輝く
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

みんな知ってる空を眺めて
みんな知ってる歌をうたう
だけどおれにはおれしかいない
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち


この詩のひとりぼっちには、悲壮感はない。
ひとりぼっちを楽しんで、自由に謳歌しているように感じられる。

多分、この詩は、谷川さんがまだそんなに年を取っていない時に書いたものだと思う。

「人間は、所詮一人である。誰もが寂しい。だから、孤独をいかに豊かに生きるかが大事だ」と三津田冨佐子さんが言われた。

この方は、50歳でご主人を亡くし、新聞への投稿を長く続け、本を何冊も出版した。

彼女は、100歳で亡くなったが、99歳でも元気に、人に頼らず楽しく暮らしていた。

「明日は、どんな楽しいことがあるだろうと思うと、生きているのが嬉しくて仕方がない」と、いつも思っていたという。

人間は、一人で生まれてきて、一人で死ぬ。

ひとりぼっちを豊かに生きることが、幸せに繋がる。

年をとっても、ひとりぼっちを自由に謳歌したいものである。

This poem doesn't have sense of despair.

I feel that he is praising alone for freedom.

Perhaps I think he wrote this poem when he was young.

Fusako Mitsuda said that human beings are alone, everybody is lonely, so it's important how to live rich.

She lost her husband when she was 50 years old, and contributed to the newspaper and published many books.

She passed away at 100, but she had lived cheerful without depending on others when she was 99 years old.

She was always glad to live expecting pleasure to think about tomorrow.

Human beings were born alone and die alone.

It connects with happiness to live alone richly.

I want to praise alone freely, even if I get older.

梨の花


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初恋のつづきのように梨の花
                      藪ノ内君代

これは、今日の新聞に掲載されていた俳句である。

梨の花は、白くて清楚で、その印象が「初恋のつづき」という表現になっているようだ。


うす青き風匂ひ来る梨の花
                      藤本とき

梨の花夕月あかりしてゐたり
                      清水基吉


梨の花は、白い桜のように可憐で、一斉に咲いていると、まるで白いじゅうたんのように美しいのだろう。

花言葉は、愛情、博愛だそうだ。

しかし、花の香りは、独特で、ミツバチもあまり訪れないと言われる。

花には、甘い香りの花とそうでない花がある。

それぞれ虫を呼び寄せるけれど、梨の花は、不快な臭いで虫を引き付けるようだ。

遠くから見て花を愛で、秋には、そのおいしい果実を味わうのが良いのだろう。

This is a haiku which was carried in today's newspaper.

The flowers of Japanese pear are white and neat, the impression is expressed as '' 初恋のつづき ''.

The flowers of Japanese pear look like white cherry blossoms, when the flowers blossom at the same time, it will be beautiful as if it is a white carpet.

The flower language is love and philanthropy.

But the flowers' smell is peculiar, and bees don't come to them much.

There are flowers of sweet smell and bad smell.

Japanese pear's flowers fascinate with bad smell.

We should love the flowers to see away from them, and eat delicious fruit in autumn.

心のものさし


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「ものさしは人それぞれ」という記事が、今日の新聞に掲載されていた。

この記事を書かれたのは、精神科医の香山リカさんである。

香山さんは、「悲しみや傷つきは人それぞれだ、長く精神科医をやっていて、つくづくそう思う」と言われる。

ある時、「大切にしていたお茶椀を割ってしまい、それから気持ちが落ち込んでいる」という人が診察に来たそうだ。

「高価なものだったのですか」と香山さんが聞くと、「いえ、ふつうの値段です」と言ったという。

「しかし、何年も使っていて、愛着をもっていたのに、洗っていてうっかり落として割ってしまった。その時、心まで粉々になった気がした」と言いながら涙ぐんでいたそうだ。

さらに、その人が傷ついたのは、家族にその話をしても、「お茶椀ぐらいまた買えばいいじゃない」と取り合ってくれなかったという。

そして、「一緒に買いに行こう。似たようなものがあるよ」と言われても、「あのお茶椀が良かったのに誰も気持ちをわかってくれない」と悲しくなるそうだ。

香山さんは、「あなたのおっしゃる意味は理解できますが、私もあなたの悲しみが心からわかるわけではありません」というと、その人はがっかりした顔をしたので、付け加えたという。

「でも、あなたが悲しいとおっしゃるのだから、本当に悲しいのですよ。そのお茶椀とあなたは特別な関係だったのですね。あなたは、人一倍愛情深い人なのでしょう」と。

香山さんは、「悲しみも傷つきも、ものさしは人それぞれ。目盛りが細かく刻まれている人は、周りからみると、そんな小さなことでということでも、深い悲しみを感じるだろう」と言われる。

そして、また「でも、そういう繊細な人が、他の人なら涙を流す映画を見ても、あまり心を動かされない場合もある」という。

香山さんは、最後に「小さなことで悲しめる自分、傷つく自分には、特別な細やかさや優しさが与えられているのだ、そう思って過ごしてみるのはどうだろう」と結んでいた。

私は、この記事を読んで、なるほどと思った。

人それぞれ悲しみや傷つきのものさしの目盛りが違うという捉え方に、さすが精神科医だと思った。

ということは、笑いや感動に対する目盛りもまた、人によって違うのだろうか。

人の心とは、何と複雑に折りたたまれているのだろうか。

それでは、人間が理解しあうことが難しくて当たり前である。

興味深いことである・・・

An article, '' ものさしは人それぞれ '' was in today's newspaper.

This article was written by Rika Kayama of a psychiatrist.

Rika Kayama says that sadness and wounded heart differ from person to person, she really thinks so.

Once a patient came to her consulting room and said that she had smashed a rice bowl after that she feels depressed.

Dotor Kayama asked her. '' Was it expensive ? ''

She answered. '' No, it wasn't. ''

She said in tears that she was attached to it, then she felt to break into pieces with her mind.

Besides she was hurt by her family's words.

And she becomes sad because her family doesn't understand her feeling.

Doctor Kayama said '' I can understand of you, but I can't understand of your sadness.

Then the patient seemed with a disappointed look.

So she added to what you are really sad, you and the rice bowl were close relation, you are so affectionate.

She says that we have a ruler of mind, if the scale is small, the person will feel deep sadness than others.

But a delicate person isn't necessarily whenever the person is delicate.

Last Rika Kayama said that the delicate person should spend the time to think to be given special delicacy and tenderness.

I understood to read this article.

I admired her words.

I'm not sure if our mind will be folded elaborately.

It's natural that it's difficult to understand our heart each other.

It's interesting.

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