おいしさのデザインは・・・


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「おいしさの科学」という記事が今日の新聞に載っていた。
この記事を書かれた記者は、「おいしさは、食品を食べた時の脳活動であると考えられている」という。

近年は、多くの料理人が「おいしさの科学」に興味と期待を持っているそうだ。
「Cooking for Geeks」という本は、料理の科学的なことと、それを応用した新しいレシピを提案しているのだそうだ。

また、「美味しさの脳科学」という本も紹介しているが、この本の著者は、嗅覚のメカニズムを研究している方だという。

食べ物のおいしさを左右するのは、「風味」であるが、味覚情報と脳で作り出される風味のメカニズムを理解することで、どのように料理で刺激すればよいかが発想できるそうだ。

この記者は、「そもそも料理人が科学に興味を持ったのはなぜだろう。それは、おいしさをデザインするのに役立つからだ」という。

そして、「おいしさをデザインするとは、見た目だけでなく、お客が何を感じるかを考えて、本質的なソリューションを提案することだ」と続ける。

三冊目の本として、「フランス料理を描く フロリレージュ」をあげて、盛り付けだけでなく、お客にどのように感じさせたいかを考え、皿の上の構成を考える事例が多くあり、「おいしさのデザイン」が実践されているという。

三冊目の本の著者は、「フロリレージュ」という名前のフランス料理店を経営しているそうだ。
リピート率が高く、お客の心を掴んで離さないという。
モダンな盛り付けは、皿の上に描かれた絵画を見ているようだという。

料理というと、科学というよりは、創造という感じがするけれど、おいしさという目標に向かって、適切な理論や根拠などに基づいて追求するということが、「おいしさの科学」ということになるのだろうか。

科学も奥が深いことを感じる。

An article which is written about science of good taste was carried in today's newspaper.

The writer who wrote this article says that good taste is thought as brain activity what we feel about it when we eat food.

In recent years, many cooks have interest and expectation about the science of good taste.

The book '' Cooking for Geeks '' is suggesting cooking science and new recipe.

Also another book is introduced, this book's writer researches the mechanism of smell.

Flavor is influenced by good taste of food, if we understand mechanism of flavor, we can have an idea being pungent how to cook.

This reporter says why cooks had interest in science? because it is useful for them in designing of good taste.

The book of the third is put some examples into practice for customers about composition on the dishes and the design of good taste.

The writer of the book runs French restaurant.

The modern dish up looks like a picture.

I have thought cooking is creation rather than science.

Science of good taste is to pursue being based on a theory and grounds toward good taste.

I feel science is pretty deep.

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春色の光りの中で・・・


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チューリップ影もつくらず開きけり
                              長谷川かな女

チューリップ喜びだけを持っている
                              細見綾子


チューリップを詠んだ俳句二句である。
春を代表するチューリップが色とりどりに咲いているのを見ると可愛らしいと思う。

我が家では、今年は白と黄色のチューリップしか咲かなかった。
植え替えをしなかったので出て来なかったのであろう。

今は、スノードロップとドウダンツツジが満開である。
藤の花も寂しく、少しだけ咲き始めた、そして、つつじも咲き出した。

黄緑色の美しい芽がたくさん出て、木々を春色にしてくれるのを見るのは嬉しい。

風に葉が揺れて、「見て!きれいでしょ!」と言っているかのように、その黄緑は、光り輝いている。

明るく可愛らしいチューリップは、儚く散る美しさを誇る桜とうって変わって、子供のあどけなさを感じさせてくれる。

春はいいなあ。
春を楽しんでいる子供たちの元気な声が、通りで聞こえる。

There are two haiku which are written about tulips.

I think tulips are cute to see blooming to represent spring.

I had only white tulips and yellow ones in my garden, because I didn't transplant.

Now snowdrops and enkiathus are in full bloom.

Wistaria flowers began to bloom a little and azaleas, too.

I'm glad to see beautiful buds to make trees with spring color.

The leaves are fluttering in the wind, as if they say '' Look at us ! we are beautiful, aren't we? They look bright.

Light tulips and pretty ones make innocence feel, it's different from cherry trees to scatter to be short - lived.

Spring is good.

I can hear children's cheerful voice enjouing spring in the street.

私の日々を優しくするひと


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うたふようにゆっくりと・・・・・・
                      立原道造


日なたにはいつものやうに しづかな影が
こまかい模様を編んでゐた 淡く しかしはっきりと
花びらと 枝と 梢と  何もかも・・・・・
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた

私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向こうの また
山の向こうの空を みたしてゐるきらきらする青を
ながされて行く浮雲を 煙を・・・・・

古い小川はまたうたってゐた 小鳥も
たのしくさへづってゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を

ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた・・・・・風と 影とを・・・・・


今日は立原道造の詩を紹介しましょう。
ゆっくりと流れる時間、待ち続ける作者の心が感じられるような詩だ。

穏やかな柔らかな春の光りの中で、作者が待ちうけていた「私の日々を優しくするひと」とはどんな人なのだろうか。

美しい自然の景色が目に浮かぶように、それは悲しげに、空の輝きをじっと見つめながら作者は待っている。

心もはりさけるほど・・・

春の中で人は何を感じるのだろうか。

Today I introduce Michizou Tachihara's poem.

The time flows slowly, we feel the writer's heart to keep waiting for someone in the poem.

What person did he wait for?

What is meaning of a person who makes to be gentle with his days?

I imagine a beautiful nature view, it looks like sad, the writer is waiting for someone staring at brightness of the sky.

He was heartbroken.

I'm not sure if a person feels something in the spring.


夕日に照らされた満開の桜


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「見事に旅立った頑固おやじ」という記事が先日の新聞に載っていた。
この記事を書かれたのは、イラストレーターの57歳の女性である。

この方のお父さんは、昭和一桁生まれの頑固おやじだったそうであるが、「ずるいよ」と思うくらい見事に旅立ったそうだ。

病院は嫌だと言って、大好きな家に戻り、訪問看護師さんやリハビリの先生たちに支えられて、テレビの歌番組や時代劇を見ては満足げだったという。

家庭介護が始まって4か月弱、88年間、かたくなにまとっていたいくつもの「鎧」を次々に脱ぎ捨てたそうだ。

「こんなに笑う人だったんだ。こんなにお茶目な人だったんだ。こんなに不安がる人だったんだ。こんなに感謝できる人だったんだ」。と発見するたびに愛おしさが増し、せっせと実家に通ったとこの方は言う。

そして、今までで一番お父さんと親密で充実した時を過ごせたとも書かれている。
また、お父さんについて、「命と向き合う中で父もまた新たな自分を見つけられたのだと思う」とも話される。

全力で介護したお母さんに、最初で最後の「すまんなあ、おおきによ」という言葉を口にした後、眠るように生涯を閉じたそうだ。

この方は、お父さんが、「こういう逝き方、どう?」と問うようなラストスパートだった、と感じたようだ。

「折しも桜が満開の満中陰。これも演出ですか、お父上」。と、この方はペンを置いていた。

幸せな最期を過ごされたお父さんだなあと思う。
お母さんは、多分大変な思いをしながら介護をされていたのだろう。

年老いての介護は、大変だったと思うけれど、看護師さんやリハビリの先生たちに支えられてご家族が一体となってお父さんを見守ったのであろう。

老後も皆が皆、自分の思い通りの生活を送れる訳ではなく、不幸な死に方をする人たちも大勢いる。

思い通りの介護や最後を過ごす人がどれだけいるだろうか。
家族に囲まれて、自宅で最期を閉じることができたこのお父さんは本当に幸せ者だと思う。

美しい夕日に照らされた、まばゆいばかりの満開の桜を見ながら、天国に旅立たれたのだろう。

ご冥福をお祈りいたします。

An article which was written about a stubborn father was carried in the other day's newspaper.

This article was written by an illustrator of 57 years old.

This woman's father passed away wonderfully and she thought he was sly.

Her father came back to his house from the hospital, a visting nurse and a physical therapist supported, he was satisfied with music programs and samurai drams on TV.

He became flexible throwing away his stubborm part for 88years since he was looked after him for a little less than 4 months.

He so laughed, was so cute, was so afraid, so thanked, she went to her parents' house every she found new point of her father, she felt affection.

And she could spend the most quality time with her father she has ever spent.

She thought her father would find a new part facing his life.

She felt that as if he asked her how does she think the way of his death?

This time, the 49th day from the date of his death was held in full blossom of cherry trees.

Is this his direction? Then she put her pen.

I think he was happy.

Maybe his wife would be hard to look after him.

Everybody can't have as they like their own lives, many people have unhappy death.

I wonder if how many people do spend having as they like their own lives?

He might have go to heaven seeing a glaring cherry trees which was lit up by beautiful evening sun.

I pray that his soul may rest in peace.


タケノコの味はどうでしたか?


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「年を取ると・・・」という記事が今日の新聞に載っていた。
この記事を書かれたのは、79歳の女性で、文章講座を受講している方である。

その講座の例会に出席した時、会員でもある、農家の女性が、庭で採れたタケノコを出席者10人に持って来てくれたそうだ。

皮付きのものと茹でたものと、大小さまざまなタケノコが机の上に置かれたという。
皆、大喜びで見つめていたそうだ。

すると、近くにいた熟女が「これ私」と我先に取ったという。
後方にいた4人は、あっけにとられて見ていたが、一人が「じゃんけんかくじ引きで決めましょう」と提案し、くじに落ち着いたそうだ。

翌日、この方は、料理上手の妹さんにタケノコご飯の炊き方を電話で確認した時、このことを話したという。

「みんな教養ある女性だけどね」と告げると、妹さんは、「年を取ると皆そうなるのよ」と、納得したそうだ。
「恥もなくなるのかしら」と同調しながら、「渦中に居なくて良かった」と心で思ったという。

「学習中は熱心だった皆の姿と、大きいタケノコを目ざとく見つけた姿とは、とてもほど遠い感じがする。子や孫には見せられないだろうと思う」と書かれている。

この方は、「そんな場面に出合ったとしても表面には出さず、ぐっと我慢して見栄を張って、『私は残り物でよろしいんですよ』と育ちの良さをお互い出しましょうね」と妹さんに話したそうだ。

最後に、「でも、どうなるかはわかりません」と結んでいた。

おもわず笑ってしまいそうな話である。
確かに、若い人だったら恥じらいもあるし、そこまで我先に手を出して取ることはないのだろう。

年を取ってくると、恥も外聞もなく、欲望が先に出てしまうのだろうか。

よくセールなどで、ワゴンの中のものを取り合うようにしているのも見るけれど、これも同じような心理かもしれない。

最後の言葉は、その時になったら、そうは言ってもわからないかもしれないと思っておられるのだろうか。

人間、いくつになっても、控えめな気持ちは忘れたくないものだと思う。

An article which is written about getting older was carried in today's newspaper.

This article is written by a woman of 79 years old, she takes writting seminer.

When she attended the regular meeting, a member, famer's woman came to have bamboo shoots for attendances of ten people.

They looked at the bamboo shoots tobe glad.

And an attractive mature woman said '' I got this.''

Four people who were at the back of her were surprised, one person suggested that they should decide rock- paper- scissors or lot, and they decided on lot.

The next day, this woman called her sister to hear how to cook the bamboo shoots and talked to her sister about it.

She said all of them are cultured, her sister told her that everybody will be so with the advance of age.

She wonders if we get older, we don't feel shame.

She thought in her mind that it was good not to be in the turmoil.

She feels difference between the attitude in class and of seeing bamboo shoots.

She thought they won't be able to make the attitude see to their children and grandchildren.

She told her sister that if they have such a scene, they should say it's all right to take leftovers, show to be well- bred.

But she said she doesn't know what does become about it?

It's a story to make me begin to laugh.

When we get older, we have love gain.

We sometimes see on sale people picking things up in the wagon.

We shouldn't forget modesty at every age.


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