信じられる健康情報?


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「テレビの健康情報信じますか?」という記事が、昨日の新聞に書かれていた。
この記事を書かれたのは、作家であり、医師でもある、米山公啓さんである。

現在、テレビやインターネット上には、健康や医学に関する情報があふれている。
私たちは、その情報をそのまま信じてしまいがちである。

患者さんから「テレビでこんなことやっていたんですが、本当ですかね」と問われても、医師は、それが正しいかどうか判断に迷うことも多いそうだ。

有名な医者が、テレビでコメントしている場合は、自分の経験に基づいて話していることもあるし、医学的に精度の高い疫学調査の結果に基づいていることもあるという。

しかし、聞く側はよくわからないので、有名な医者が言うことは正しいだろうということになりがちだそうだ。

どんな専門家の意見であっても、それが何に基づく意見なのかを見極める必要があるという。

医学情報には、信頼度があるそうだ。
これは、5段階くらいに分かれていて、複数の研究データを解析したものだという。

一方、最も信頼度が低いのは、専門家が自分の意見を述べる場合だそうだ。

テレビの健康番組では、個人的な見解の発言もあるので、十分な注意が必要だという。

私たちは、科学的なものだけを信じているわけではないので、統計学がすべてではないが、「医学情報を見る場合、どこまで信頼できるものか疑う視点は必要です」と結んでいた。

こんな記事を読むと、何を信じたら良いのかわからなくなる。
「有名な医者が言うことだから正しいだろう」とか、「テレビでやっていたから、効果があるだろう」と思いがちである。

何もわからない私たちから見ても、明らかに変だと思えることは控えるべきだし、納得できるようなもので、試しても悪影響がなさそうなものを試すべきかもしれない。

昔の人たちは、昔から伝えられて来ている民間療法のようなものを取り入れていたのだろうか。
それは、長い間伝わってきた、自然のものを利用し、体に無理のないものを使っていたのだろう。

テレビでやっていたからと簡単に信じてしまわずに、ちょっと変だなあと思ったら、疑って調べてみることも大切である。

An article was carried in yesterday's newspaper as Do you believe health information on TV?

This article was written by Kimihiro Yoneyama who is a writer and a doctor.

Now there are many information of health and medicine on TV and internet.

We tend to believe as information.

A patient asked the doctor that Is it true about TV program? but the doctor doesn't know whether it's right or not.

In a famous doctor's case, he speaks to be based on his experience, or it's based on the result of epidemiological study medically.

But we don't know about it much, we tend to believe as the famous doctor's story is right.

Medical information has reliability.

This is divided into five grades, analyzes plural research data.

On the one hand, the expert's opinion is the worst.

We need to be careful because an expert speaks a personal opinion on TV program of health.

The doctor says that we don't believe only scientific thing, statistics is not all, when we see medical information, we need to doubt whether it can trust or not.

We need to refrain from strange thing and should try to consent.

People in the old days might take in a folk remedy.

I wonder if it used the natural thing which spread since long ago, it would use a moderate thing for our bodies.

It's important to check whether it's strange or not without believing TV program easily.

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ふたごの赤ちゃんの将来に・・・


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今日は、姪の双子の赤ちゃんに会いに行って来た。
3月に生まれた、双子の男の子たちである。

私は、3人姉妹の長女で、双子の赤ちゃんのママは、私の一番下の妹の娘である。

私のすぐ下の妹夫婦と一緒に行ったのであるが、姪は、両親の住むマンションのすぐ近くのマンションに住んでいる。

私たちが妹の家に着くと、姪の夫も双子の赤ちゃんたちも既に来ていた。

赤ちゃんたちは、小さくて、可愛い。
私の孫のことを思い出した。

私の娘は、孫を産んですぐに、がんが再発してしまったので、孫は私が育てたのである。

夜中に3時間ごとに起きて、ミルクをあげたり、オムツを取り換えたり、年を取っている私が、母親と同じことをするのは大変であった。

その時のことを思い出しながら、赤ちゃんを抱っこしたり、ミルクをあげたりした。

二人の赤ちゃんを育てるのは、さぞ大変なことだろう。
今は、まだ動けないから危なくないが、もう少し大きくなって動けるようになったら、目が離せない。

子どもを育てるのは、可愛いけれど、大変である。
まして、双子なら、誰か手伝ってくれる人がいないと難しいと思う。

妹はまだ働いているので、妹の夫が手伝ったりしているようである。
大変だろうけれど、可愛い孫たちのために頑張ってほしい。

私は、きらきら輝く瞳の中に、明るい将来であれば良いと願いながら、赤ちゃんの手を握った。

I went to see twin babies of my niece today.

They were born in March and they are twin baby boys.

I'm tha eldest of the three sisters, their mother is third sister's daughter.

I went to my sister's house with second sister and her husband, my niece lives near her parents condominium.

When we arrived at my sister's house, my niece's husband and twin babies were already there.

The twin babies are small and cute.

I remembered my grandchild.

My daughter had her baby, after that she got cancer again, so I brought up my grandchild.

It was hard for me to bring up my grandchild like his mother, I got up every three hours, gave milk, changed his diaper.

I remembered the thing, I was holding the twin in my arms and giving milk.

It's hard to bring up twin babies.

Now they can't move, so it's not dangerous, if they become bigger and move, their parents can't take their eye off the twins.

Children are cute but it's hard to bring up them.

It's difficult to bring up children, someone should help, much more twins.

My sister is still working, so my sister's husband helps his daughter.

He is hard but he should hold out for his grandchildren.

I gripped the baby's hand hoping a bright future in his shining eyes.

生命力の強さ


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今日の新聞に、外来生物への対応が、世界共通の課題だと書かれていた。

中国原産のコイ科のハクレンは、戦時中利根川に放流されたという。

このハクレンは、日本では生態系への影響は軽微なようであるが、アメリカでは、ジャンプするこの魚に懸念が高まっているそうだ。

養殖池の水質改善のために、ハクレンは導入されたというが、洪水などでミシシッピ川に流入し、増殖しているという。

コイ科の魚は、生命力が強いそうだ。
もともといた魚を駆逐し、生態系を崩しているという。

日本でも、ブラックバスやカミツキガメなどが問題視されてきたが、今度は、「ヒアリ」である。

南米原産で、アメリカ南部に移入し、生息地域を広げたという。
21世紀になって、台湾や中国南部でも、繁殖が確認されたそうだ。

洪水の時には、集団で、いかだのように水面を漂うそうだ。
コイに劣らず生命力が強いのだろう。

学名には、「無敵」の意味もあるそうだ。
刺されれば、火傷のような痛みを感じ、死亡することもある。

私たちは、自然や環境に十分注意を払い、外来種の侵入を防ぐためにも、異変に目を配る必要がある。

An article what the correspondence to alien species is the cosmopolitan subject was carried in today's newspaper.

Silver carps of cyprinid fishes are native to China, they were stocked Tone River during the war.

In Japan, silver carp's influence to ecosystem is only a little, in America, people are worried about silver carps to jump.

These silver carps are introduced due to improving water quality, they are increasing to flow into Mississippi River.

Cyprinid fishes have strong life force.

The fishes which live in the river were expelled, ecosystem is destroyed.

In Japan, black bass and snapping turtle took up as problem, this time, the problem is about fire ant.

The fire ant is native to South America, they moved to american south and their habitat extended.

Their breeding were confirmed in Taiwan and Chinese south in 21 th century.

The fire ant seems to drift the surface of the water like raft with group.

The fire ant's life force is as strong as the carp.

The scientific name is meaning of invincibility.

If we are stung by fire ant, we feel pain like a burn and die.

We need to watch an accident, and protect from entrance of introduced species paying attention of nature and environment.

光る花が作られたのは・・・


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「組み換えペチュニア廃棄を」という記事が、今日の新聞に載っていた。
可愛い花のペチュニアに、未承認の遺伝子組み換え品種が流通していることがわかったという。

直接的な害はないそうだが、生物多様性の確保のため、遺伝子組み換え生物の使用を規制したカルタヘル法に違反し、農水省は回収か廃棄を呼び掛けているそうだ。

オレンジ色のペチュニアの9品種が遺伝子組み換え体だそうで、オレンジ色にするトウモロコシの遺伝子が組み込まれた可能性があるようだが、どの国の誰が、いつ開発したかわからないという。

「オレンジクイーン」は、種苗大手「タキイ種苗」が販売していたため、農水省は立ち入り検査したそうだ。

タキイ種苗は、組み換え技術を使った品種改良を行っていないそうだが、ペチュニアを調べたら、他に3品種が組み換えだったという。

タキイ種苗は、「海外で入手したペチュニアと国内の品種を交配させて、さまざまな色合いのものを育成してきたが、まさか親品種が組み換えとは」と驚いているそうだ。

組み換えの花と言えば、サントリーが開発した「青いバラ」と「青いカーネーション」が知られている。
これは、カルタヘナ法に基づく承認を受けているという。

人々は、より美しい花、より美しい色を求めて、技術の研究を絶えず進めている。

以前、国立科学博物館で公開された、「光る花」は美しく光り輝いていただろう。
遺伝子組み換え技術を使い、海洋プランクトン由来の蛍光タンパク質をトレニアの花に導入して開発されたそうだ。

夢の花を作り出そうと研究を進めていることは、これからもますます盛んになるだろう。

しかし、環境問題等に配慮が必要であると思う。

An article which is written about disposing of gene recombination's petunia was carried in today's newspaper.

People understood that recombination's petunia is circulating of unapproved breed.

It's not harmful, but the Ministry of Agriculture calls out to us.

9 breeds of orange petunia are gene recombination, a gene of corn seems to enter, people don't know anything about it.

Takii & Co; Ltd; hasn't improved the breed, but , when they checked about it, 3 breeds was gene recombination.

Speaking of gene recombination flowers, blue roses and blue carnations which are developed by Suntory are known.

People seek for more beautiful flowers and colors, they are pushing forward with research.

Before shining flowers were opened, they would have shone beautifully.

It was developed to introduce fluorescent protein into torenia.

The research will prosper more and more to make dream flowers.

But we need to consider an environmental problem.

でんでん虫の悲しみ


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子供たちが、小さい頃は、今の時期には、そこここにカタツムリがいた。
まだ、その頃は、側溝のふたがついていなかったので、カタツムリが側溝のへりに張り付いていた。

小さい、可愛い、赤ちゃんのカタツムリがいたりして、子供たちは喜んで触っていた。

しかし、最近は、カタツムリを見かけることがあまりない。
先日の新聞でカタツムリの俳句を見たり、今日は、新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」の本を見たので紹介しましょう。


でんでんむしのかなしみ

一匹の
でんでんむしが
ありました。

あるひ、 その でんでんむしは、
大変な ことに 気がつきました。
「私は いままで、 うっかり していたけれど、
私の 背中の からの 中には、
悲しみが いっぱい、 つまっているのではないか」
この悲しみは、 どうしたらよいでしょう。

でんでんむしは、
お友だちの でんでんむしのところに、やっていきました。

「私は、もう、生きていられません」と、
そのでんでんむしは、 お友だちに 言いました。
「何ですか?」と、
お友だちのでんでんむしは 聞きました。

「私は、 何という、 ふしあわせな ものでしょう。
私の 背中の からの 中には、
悲しみが いっぱい、 つまっているのです」と、
始めのでんでんむしが、 話しました。

すると、
お友だちの でんでんむしは 言いました。
「あなたばかりでは ありません。私の背中にも、 悲しみは いっぱいです。」

それじゃ しかたないと 思って、始めの でんでんむしは、別の お友だちの ところへ 行きました。

すると、そのお友だちも 言いました。
「あなた ばかりじゃ ありません。私の 背中にも、 悲しみは いっぱいです」

そこで、 始めの でんでんむしは また 別の お友だちのところへ 行きました。

こうして、 お友だちを 順々に たずねて 行きましたが、
どの 友だちも 同じ ことを いうので ありました。

とうとう 始めの でんでんむしは 気が つきました。
「悲しみは だれでも 持って いるのだ。私ばかりではないのだ。 私は 私の 悲しみを こらえて いかなきゃならない。」

そして、このでんでんむしは もう、嘆くのを やめたのであります。


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始めのでんでん虫は、悲しみを背中に持っているのは、自分だけなのかと思っていたが、誰でもみんな悲しみを持っていると知ってこらえなくてはと思う。

悲しみをなくすことはできないけれど、みんなが持っていると知れば、少しは気が楽になるのではないだろうか。

生きるということは、悲しみも苦しみも抱えながら生きなくてはならない。

どんな時も、自分にできる精一杯の思いで一生懸命生きて、人にも思いやりのある気持ちを忘れないようにしたいと思う。

There were many snails there and here when my children were very young in such a rainy season.

Then snails adhered to side ditch because gutter covers were not.

There were small baby snails, my children have touched to be glad.

But recently, I don't see snails much.

I saw a haiku of a snail in the other day's newspaper, I saw the book of The sorrow of a snail, so I introduce it.

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The first snail thought that only the snail has sorrow on the back, but it knew everyone has sorrow, and the snail thought it has to endure.

It's difficult to get rid of sorrow, but if everybody has it, it will feel relieved.

To live is having sorrow and suffering.

I always live as hard as possible, and I should not forget to be considerrate.



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